圧倒的

物事を極めるには
圧倒的定石と圧倒的想像力
だと思うのだが
・麻雀→全体を数字で把握
・ビリヤード→まんまセオリー
・ボーリング→スタミナに基づいた精密さ
マジック・ザ・ギャザリング→定石を踏まえた想像VS定石
・お笑い→定石と想像力
・グルメ→本能への定石と想像力
桃鉄→実力7運3
・相撲→決まり手という定石
・卓球→サーブ&三打目
・徒競走→筋力とスタート
・そろばん→演算ですから
・マット運動→筋力と柔軟さ
・芸術→の歴史を知れば「しくみ」がある
・サッカー→攻めの想像力と守りの定石
・野球→先発投手の勝ち星計算
・オシャレ→「外し」
・VF4→避け抜け
・心理学→学門になっている現実
社会学学門になっている現実
統計学→確定
定石有利なニワトリとタマゴの関係みたいなもんだと思うんだが
そんでオレがとにかく言いたいのは


自分の知ってるモノだけ
理論や理屈、セオリーを話したくて仕方がないのに
いざ自分のわからないモノに対しての
「感覚」という言葉で片付ける


「恥」。


とりあえず上の例は説明できるからね、オレは。
後、感覚ってすぐ言うヤツ「井の中の蛙」多し
「感覚」なんつーのは「センス」であって外の世界にでれば
己がどれだけ凡庸であるかっていうのがわかるハズ。
さらに別にセオリーだからといっても「意志」が有る無いは別なもんで。
オレが「感覚」という言葉を発しっている時はイヤミかセオリーが長いので相手が嫌がる時です。


簡単に言うと、みなさん「自由」に憧れすぎ。